【'18.5.8_1740追記】ある大学書店の元スタッフの方のこと、それからナイチンゲールの言葉に関するメモ

1.はじめに

連休の疲れのせいか、ちょっと喉がひっかかる感じです。疲れが出たのかもしれません。本格的に体調を崩さないうちに、5月4日に「でんすけのかいぬしさん」がお書きになり、話題になった、立教大学池袋キャンパスの丸善を退職された経緯報告の記事について、簡単に思うところをメモしておこうと思います↓


上記の報告に関する「かいぬしさん」のツイートと、本件に関する反応のTogetterまとめは、こちら↓


最初におことわりをさせて頂きますと、本記事は、あくまで執筆管理人の仲見から見た「主観」で書かれています。一部、事実と異なる部分があるかもしれません。その場合は、どうか他の方のご意見と合わせてお読みいただき、この件について考えて頂けたらと思います。



2.起こったことに関する更なるメモ

私の理解では、2017年3月の上記大学の大学書店のリニューアルがスタッフさんたちにいきなり伝達されたところに、色々と問題は始まります。フロアは縮小(それまでの半分以下)されるわ、年度末・年度始まりの大学が教科書販売で多忙な時期に引っかかるのに、この大学書店の本部を抱える丸善雄松堂は、現場に新しい棚配置等を訪ねるわりに意見を取り入れないわで、アルバイトスタッフだった「かいぬしさん」でなくても、大変苦しめられたと思います。特に、大学で授業補助の業務をしていた私としては、


 ・テキストとして使われることの多い、岩波文庫が売り切れになっても、「新たに注文はせず、在庫だけで回して」という本部の「意向」には、怒りで体が震えそうになった

 ・Togetterまとめの一部の情報では、丸善雄松堂の入っているDNP(大日本印刷)傘下のグループ企業に対する「おしゃれな洋書をたくさん置きましょう!」といった、大学書店の実情に合わないスタイルを、立教大店舗の現場におしつけてくることが、信じられなかった


などなど、「かいぬしさん」の報告を読むと、悲惨なことが次々に起こっていたことが分かりました。


自分でも調べたところ、本部は「かいぬしさん」をはじめ、熟練したスタッフの方々を大切にせず、非正規で雇い続け、経験に応じた処遇と扱いをせず、新しいスタッフを投入し、そういった姿勢が現場をますます混乱させた印象を受けました。つまり、現場ベテランの人たちを大切にしていなかった結果、昨年の教科書販売時期に池袋キャンパスで発注ミス等の問題が起こり、2018年3月末に「かいぬしさん」は退職をすると決意されるほどのことがあった、と考えられます。心身をボロボロにされていた様子も、文章から感じられました。その他の細々としたことは、上記の「かいぬしさん」による退職の経緯をお読みください。


「かいぬしさん」は、2016年に次の『文春オンライン』で、個人的に発行されていた『本屋でんすけ にゃわら版』のフリーペーパーが取り上げられて:

他の本屋さんでも「にゃわら版」が置かれ、人気が出るほどでした。元イラストレーターの方だそうで、「にゃわら版」は猫のキャラクター・でんすけが登場し、様々な本が紹介されているとのこと。本の紹介ページは1枚のポップカードとして使える設計がなされ、文庫本の表紙の一部が見える絶妙なサイズ感だそうです。「にゃわら版」の使い方や、上のインタビュー中の本が売れるように仕かけるための意識は、経験豊富な書店員としての「かいぬしさん」の様子が窺えます[1]。


Togetterまとめにもツイートやコメントで指摘がありましたが、「かいぬしさん」のような現場の熟練したスタッフを「粗末」にする、昨今の書店の経営状況があるのでは?と、私も考えました[2]。


[1]「にゃわら版」については、著作権をめぐって、退職決定後に色々とあったことが報告されています:


[2] Togetterまとめでは、立教大がセントポールプラザにローソンが入ったのを契機に、収益力のアップを考えたあたりから、今回の大学書店の問題が繋がっているのでは?ということを指摘するツイートやコメントがありました。実際のところは、分かりません。

ちなみに、国立大学や他の私立大学では、教職員や学生が組合員としてお金を出し、大学の購買部門や諸サービスの運営を支える大学生協の組織が入っていることが多い模様です。組合員が支えているシステムのためか、大学の構成員の人たちの声を運営に反映しやすい側面があるのでは?と、私は『生協の白石さん』シリーズを読んで、考えています。生協職員と組合員の人たちとの距離が、一般的なコンビニやスーパーよりも近い感じはします。

それから、大学と書店が提携している大学書店の別のケースでは、例えば、京都・紫野キャンパスの佛教大学にある大垣書店の店舗があります。こちらは、実際に私が学会大会のついでに立ち寄ったことがありますが、東洋学の専門書が充実していて、変な声が出そうになりました。余談ですが、そこの書店員さん曰く、大垣書店のなかでも、古い店舗に当たるそうです。この店舗を利用する機会が多い、ある通信教育課程の学生さんんによると、うまく学内利用者の需要と運営側の供給が合っている店舗では?とのことでした。



3.同じことが図書館業界でも…そしてナイチンゲールの言葉

こういった状況は、Togetterまとめとは別のツイートによると、図書館業界にも職員の処遇が同じような状態であり、日々、余裕のある運営ができていない図書館もあるようです。なお、図書館の司書関係の職の現状については、こちらに説明を譲ります:

【'18.4.13_2250リンク切れ確認】図書館の司書関係の職と人文・社会学系分野の教育のこと~「私が司書を辞めた理由を吐き出す」(Htelabo::AnonymousDiaryより)~


書店や出版の業界と、図書館業界とは、本をめぐって、色々とあるようです。 その一方、図書館職員になれなかったけれど、本に関わった仕事をしたい人たちが採用試験を受けにやって来るのも、書店業界だということが次の本で触れられていました:

福嶋聡『希望の書店論』、人文書院、2007


本書は、ジュンク堂の池袋書店で管理職の経験のある著者が、出版や書店、それから図書館について、関わった業界の人たちとの対談や、見聞きしたことを中心に、つづったエッセイです。


指定管理者制度が図書館に導入されて今より時間が経っておらず、図書館職員の非正規雇用問題が現在ほど認知されていない時代に書かれた部分も、含まれています。それとは別で、先に書いたように、本に関わる仕事がしたい人たちが熱意を持っていることは、著者によってしっかりと記されており、立教大の大学書店元スタッフの「かいぬしさん」と同じく、やる気のある業界の人たちは今も、本書の原稿が書かれた昔も、変化していません。


「でんすけのかいぬし」さんの退職経緯について、Togetterまとめでは経営側による「やりがい搾取」を指摘する声もありました。一方で、アルバイトという非正規雇用の立場なのに、雇われている状況以上の範囲の仕事をしようとした「かいぬしさん」たちスタッフのほうにも問題があったのでは?というコメントも複数、見ました。 『希望の書店論』で、本に関する仕事をしたい人たちのことを読んだ私は、本の市場が狭まってきている今の日本では、やる気のある人たちが生活していける賃金で雇用し、健全な経営ができる場所が非常に限られていると認識いたしました。


近代に看護教育を切り開いたフローレンス・ナイチンゲールは、自分で組織した看護師の一団を率いて、戦時下の医療環境の改善をした時、母国のバックアップを受けつつ、必要があれば私費を投じるのを惜しまず、活動していたとも言われています。その背景には、無償ボランティアのような、「「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」ということを見抜」いた上で、


この考えは「犠牲なき献身こそ真の奉仕」という有名な言葉にも表れている。そして「構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である」という考え方があったからだといわれている。

フローレンス・ナイチンゲール - Wikipedia


とされています。実際はどの程度、ナイチンゲールがここらへんのことを考えていたかは置いておくとして。現在の日本の本業界に「犠牲なき献身こそ真の奉仕」を当てはめれば、「低賃金のまま、スタッフのやる気に頼って、書店や図書館等の経営・運営をすれば、いずれ無理が出てきて、立ち行かなくなる」ということが言えるのではないでしょうか。


やる気のある人たちを、それに見合う待遇で雇える場所が日本に少ないのが、問題なのです。受け皿が非正規雇用しかないのが、問題です。質の高い仕事を客や利用者が求めるなら、やる気、それから技術や経験のあるスタッフを十分な報酬で雇わなくては、社会的にも不健全です。趣味的な無償ボランティアに頼っていては、限界があります。まして経費削減目的で、無償ボランティアを募って、ただでさえ少ない採用数を減らしてはいけません。




4.最後に

今回の大学書店の「かいぬしさん」の出来事を通じて見えた問題は、本業界は現場の人たちの「献身」に頼り、そのスタッフに生活できる賃金を与えず、意見を大切にしなかった結果、店舗が立ち行かない混乱が起こり、末端の書店員に大変な心身の負担が来て、ますます現場が回らなくなっていたのでは?ということでした。それから一般の書店と異なっている大学書店という現場が見えていない経営側が現場に合わない出す指示。市場経済で動いている傾いた日本の本業界では、大学書店も収益をアップさせないといけないのかもしれませんが、そのためには「犠牲なき献身こそ真の奉仕」を業界の経営・運営の方々には意識して頂きたく思います。


ある研究者の方のツイートで目にしましたが、特に図書館については、資料の保存や閲覧サービスの観点から見た機能の永続性と、市場経済視点での期限のある消費のスタンスは、相容れません。館の運営や存続には、以前、紹介した「雑誌図書館の新たな挑戦~「苦境の大宅壮一文庫、クラウドファンディングで資金募集」(朝日新聞)ほか~ - 仲見満月の研究室」のように、寄付を募るような資金調達のスタイルが、これからは必要とされるのではないでしょうか。


何にせよ、「かいぬしさん」の健やかなこれからと、ご活躍を願いながら、筆を置きたいと思います。長々と、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。


おしまい。



5.経営側から見た意見('18.5.8_1740追記)

匿名ダイアリーの投稿がありました:

「ひとつの本屋で起きたこと。」はここ10年で割とよく見てきたはなし

(はてな匿名ダイアリー 、20180505)


「フリーペーパーがどのくらい売り上げに貢献していたか?」、「経済的には、やりたい事より、評価されるところで働いたほうがよい」など、 別の視点から書かれています。後者については、私の周りには評価されるところに転職後、「果たして、給与があればよかったのか?」と毎日のように自問自答している人もいるので、難しいものを感じています。

なかみ博士の学術系問題研究所

仲見満月(なかみ・みづき)が院生や研究者とその周辺の問題を考えるサイト。学術系ニュースの同人誌、発行しています。